起業に年齢関係無し

「私はインドや中国ばかり見ているシリコンバレーのCEOたちに“日本を見ろ”と言い続けている。それは次世代のベンチャーは東京から起こると思うからだ。東京のような文化・経済・メディア・ファッションの巨大な集積はアメリカにはない。また、われわれが同じ土俵でビジネスができ、新しい技術やアイデアを学ぶことができるのは“日本だけ”だからだ」。これはエバーノートCEOのフィル・リービン氏が私の目の前で断言してくれた言葉である。


マウンテンビュー市内に張り巡らされるWIFIアンテナ。
 ここはシリコンバレーの中でも最もホットな起業家が集まる地域、マウンテンビュー。グーグルが公共インフラとしてワイヤレスインターネット網をひいている街だ。ここを案内してくださったのが、アップルジャパンのマーケティング本部長などを経てシリコンバレーの起業家として活躍している外村仁エバーノートジャパン会長。まずは起業家の巣窟といわれるスポット、レッドロックカフェを見学した。

 ワイヤレスの電波がビンビン張り巡らされている。グーグルがひいた公共のものもあれば、このカフェのものもある。そしてコーヒーがやたらうまい。アメリカとは思えないくらいスィーツやパンのレベルもなにげに高い。客層は若い。多くがラフな格好でパソコンを打ち続けている連中だ。


エバーノート本社は、予想に反して、コンビニのような外観
 パソコンの画面をチラ見すれば、難解なアルゴリズムやデザインの図面等々。今やサーバーの性能の向上と価格の下落はすさまじい。またクラウドシステムもITの世界を劇的に変えた。これらがIT系のベンチャーの起業コストを急激に下げている。資金が要らない起業が増えて、シリコンバレーでもベンチャーキャピタルも解散が目立ち始めたという。IT系ならちょっとしたポケットマネーで、世界で戦える起業ができる。

 日本でユーザー数が150万人を超えたエバーノートの本社を訪ねてみる。日本での存在感も勘案し、10階建てくらいのビルを想定していた私の予想は見事に覆させられた。ガレージとはいわないが、外から見たらコンビニのようにしか見えない平屋建てなのだ。

中に入るとエンジニアが懸命にパソコンに向かい仕事をしている。しかし、目が合うと立ち上がって握手を求める気さくな連中が多い。挨拶を交わせば、「日本の震災をとても心配している。でも日本は必ずさらに強く立ち上がってくるよ」とまず言い出してくる。会社の冷蔵庫には“おーいお茶”が。ミーティングルームにはカッパ橋で購入された食べ物の見本もあった。

 こんな雲一つない青空に年中恵まれた場所でよく懸命に働けるものだと思う。この意見をシリコンバレーで起業家としても高名な外村会長に振ってみると「失敗した時にこの環境がいいのです。この青空とさわやかな風があれば、“うつ”にならなくてすむのです」とこれまたさわやかな笑顔が返ってくる。

勤労文化と人口集積

リービンCEOと”おーいお茶”を交えて
 CEOを待つため、ミーティングルームに入ると、ペコリと頭を下げながら名刺を渡してくる気さくな人物が!そう彼こそがCEOのフィル・リービン氏だ。

「私は日本が好きなのです。うちの社員もよく働いているでしょ(笑)。まず何より先に、懸命に働くことを美徳とするカルチャーがなければベンチャーは育たない。これが明確にあるのはアメリカと日本だけだと思う。新興国にはまだ“勤労の美徳”はないと思う。日本にはベンチャーが育つ稀有な土壌があるのです」と切り出す。

「日本は儲かるのです。弊社の場合、10%の追加投資で30%の追加リターンがあった。こんな市場は他にはありません。この日本市場の高い収益性の(話)も私がシリコンバレーで広めています」

「慶応大学とコラボしています。日本のアイデアや技術は素晴らしい。シリコンバレーで生まれるのは100%が新しいアイデア。その次に東京。東京で生まれるアイデアの80〜90%は世界のどこにもないもの。新規上場が急増している中国やシンガポールですが、そこでは新しいアイデアはほとんどありません」と続けざまに日本市場とその生み出す技術やアイデアを高く評価してくれる。シリコンバレーで最もイケている起業家の日本評は、私を含め自虐的すぎる自国民の評価とは全く違う。何か自信が出てくる。そして冒頭の話へ。

アメリカは人口が分散し過ぎています。ニューヨークでも東京に比べれば小さな街。シリコンバレーなんてただの田舎です。東京はアメリカにはない人口集積。そこから新しいアイデアや技術が生まれるのは間違いない。具体的には、ファッション、都市交通、クリーンテック、スマートパワー、エンターテイメント、そしてこれらの分野の融合が有望だと思います」

新興国では巨大な人口集積が起きつつあり、そこが必要とするアイデアや技術をアメリカつまりシリコンバレーが生み出すことはなかなか難しいでしょう」

「日本のベンチャーに4つか、5つの新しいアイデアや技術をシリコンバレーに持ってきてほしい。日本は過剰に自信を失い過ぎに見えます。私はロシアからNYに来て最終的にシリコンバレーで起業しました。ロシアでもNYでもここ(シリコンバレー)でも日本のイメージと言えば、“技術とアイデアにあふれる未来都市”。私の周りで誰も日本の将来を悲観していません」

 なんとリービンCEOとは2月にモスクワの国際会議で出会っていたことが判明。その会議の主催者は共通の友人でロシア最大手の投資銀行の創業者なのだ。彼も日本の技術に投資したがっている。

失敗から学ぶ風土を!

 日本ベタ褒めのリービンCEOに敢えて彼が思う日本の課題について聞いてみた。

「日本に唯一課題があるとしたら、それは“失敗”をどう考えるかです。失敗をポジティブにとらえるというより失敗から学ぶ姿勢が大事です。失敗ほど学べる機会はありません。逆に“成功は最低の教師”です」

シリコンバレーには失敗談披露大会(通称:フェイル・コン)があります。私も事業で何度も失敗しています。その経験談を同業者や後輩に伝えるのです。アメリカでも失敗を学びの機会ととらえることは簡単ではありません。しかし、失敗からしか学べないことは多いのです。失敗談を披露するのは、失敗から学び今や大成功している起業家ばかりです。成功者が失敗を語るところに意義があるのでしょう」

「日本は極端に失敗を嫌う社会だと聞きます。もちろん、失敗を恐れるところが日本の素晴らしさに大きく貢献していると思います。しかし、これからの世界を変えていくような技術やサービスを生み出すためには失敗を学びの機会ととらえる考え方が社会に根付くことが必要だと思います。多少時間がかかるかもしれないが、日本はそちらの方向に向かうのではないでしょうか」

 なるほど。減点主義カルチャーを変えていくことが日本経済の成長の原点なのだろう。

起業に年齢関係なし!


起業家の巣窟”レッドロックカフェ”
 最後に「移民で若返っている米国と高齢化している日本では活力に差があって仕方ないのではないか」と聞いてみた。

「映画やテレビで若い起業家ばかりが取り上げられています。ただ、私のまわりの事例をみても、起業家の年齢が若返っているとは思えません。50代、60代でも起業する人はいます。つい最近、私の知人が大手銀行をリタイアして自分のアイデアで起業しました。そこそこうまくいっているようです。日本は高齢化していると聞きますが、起業に最適年齢はありませんよ(笑い)」

 なるほど日本にもまだまだチャンスがありそうだ!素晴らしい懇談の機会に感謝。