次のソーシャルメディア

フェイスブック元年
日本ではそう言われているらしいが、こちらニューヨークでは、もう完全な「インフラ」になってしまった。
初対面の人と会って、「また連絡を取りたい!」と思ったら、メールアドレスを聞くのではなくて、まずフェイスブックにアカウントがあるのか確認する。
マンハッタンの地下鉄や、スタンドで売っている雑誌の企業広告でも、企業が記載しているのは、もう自社のウェブサイトではなく、フェイスブックのファンページだ。
フェイスブック追撃の新メディア続々
最近では送受信するメールの数がめっきり減ってしまった。逆に、フェイスブックのメッセージは増え続けている。人を集めてパーティー!と思ったら、マスメール送信なんてやらない。フェイスブックでシェアした方が、よっぽど効果的に人が動員できる。
ニューヨーカーは「インフラ化」したフェイスブックが当たり前の存在となって、飽きてきている。
「次に面白いものは何なの!」
すると、次から次へと、フェイスブックに「追いつき、追い越せ」という新しいソーシャルメディアが出てくる。これが米国のすごいところだ。
こうして、私はフェイスブックツイッターのほかに、6つのソーシャルメディアのユーザーとなっている。繰り返すが、フェイスブックツイッターのほかに、である。
しかも、それぞれが魅力的なサービスを展開して、フェイスブックを追撃する。
私がすっかり依存症になっているのが、foursquare(フォースクエア)だ。2009年3月にサービスが始まり、今では会員が600万人に上るという。
フォースクエアの画面
私がこのサービスに気がついたのは去年の始めのこと。日本のみなさんには「早い!」と言ってもらえるかもしれないが、何を隠そう、その時私は「遅い!」と笑われた。
ある夜のこと。友人Sがフェイスブックに、こんなコメントを出しているのを発見した。
「今、エース・ホテルに『チェックイン』via フォースクエア」
私はちょっと驚いた。彼女はマンハッタンの住人なのに、なんでニューヨークのホテルに泊まるの? これは、よっぽど話題でお洒落なホテルに違いない。トレンドに乗り遅れてはいけない。私はすかさず、こうメッセージを送った。
ねえ、今から行っていい? 客室を見せて欲しいなあ」
すると、こんな返信が届いた。
「フォースクエアを知らないんだ?ハハハ」
彼女はホテルのバーで飲んでいるだけだった。じゃあ「チェックイン」って何よ、紛らわしい。
実は、この「チェックイン」というのは、フォースクエアの有名な機能だった。
フォースクエアは、iPhoneなどに搭載されたGPS全地球測位システム)を使って、自分が「どこにいるのか」を、友人などに知らせることができる。
例えば、レストランに着いた時、iPhoneのアプリを開くと、周辺の主な施設が一覧で表示される。そこで、自分がいるレストランを選んで「チェックイン」と書かれたボタンを押すだけだ。その位置情報が、ユーザーとなっている知人などに伝えられる。
同じ場所に足繁く通いつめると、そこの「メイヤー(市長)」になることができる。ちなみに、私は自分のアパートのメイヤーだ。友人Kは行きつけの歯医者のメイヤーになっている。
企業も様々な利用法を開発
これにはまっている理由の1つは、行った場所について、ほかのユーザーが書き込んだ情報が役に立つことだ。
先日、ユニバーシティ・クラブの食事に招待された。会員の中にはヒラリー・クリントン国務長官も名を連ねる古い社交クラブ。これは、滅多に入れるもんじゃない。
当然、私はiPhoneを取り出し、友人に自慢するべく「チェックイン」ボタンを押した。そして、これまでにユーザーが書き込んだ情報を見ていた。すると、こんな情報が…。
「携帯電話を使っていると、退席させられる」
まずい。あわててiPhoneをバッグにしまって、周りを見回した。どうやら見つかっていなかったらしい。フォースクエアの情報のおかげで、「退場処分」を免れた。
それにしても、フォースクエアの情報は役に立つ。初めて行ったレストランでは、何を注文していいのか迷ってしまう。そんな時はフォースクエアで、何が人気メニューなのか、来店した人々のコメントを読めば一目瞭然だ。
同時に、同じレストランでチェックインしているユーザーの一覧を見て、その人数が多かったり、女性比率の高い店は、たいてい人気スポットである。
フォースクエアのスペシャル(特典)画面
瞬時に自分の居場所を知らせることができるのは、ツイッターの速報性に似ているが、「スペシャル(特典)」という仕組みを利用して、企業やビジネスパーソンマーケティングに利用できるところはフェイスブックにも近い特徴を持つ。
例えば、数千ドルもする靴やハンドバック、ドレスが並ぶ高級百貨店バーグドルフ・グッドマンは「メイヤー」になった人に、店内のお洒落なバーでおつまみとドリンクを無料で提供している。店によっては、メイヤーにならなくても、3回チェックインするごとに特典がもらえるサービスもある。こうして、顧客が何度も店に足を運ぶように、フォースクエアを使って誘導しているわけだ。

今年1月、ラスベガスで開催された世界最大の家電展示会「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」では、フォースクエアのユーザーがチェックインすると、ノートパソコンや液晶テレビが当たる豪華キャンペーンを実施していた。この企画に、シャープやインテルがスポンサーとして参加した。レストランや小売店ばかりでなく、こうした展示会でも、人々を集め、回遊させる仕掛けとして利用できるわけだ。

フォースクエアの優れた点は、単に「つながり合う」だけでなく、ある場所で情報を発信したり受け取ったりしながら、ユーザーや企業が様々なメリットを享受できることだ。ちなみに、フォースクエアの成長ぶりに驚いたフェイスブックツイッターが、位置情報サービスに乗り出した。フェイスブックは、友人に自分がいる場所を教える「プレイス(places)」サービスを始めた。ツイッターも、位置情報サービスを利用して場所をツイートに加えられるようにしている。

私がはまっているのは、フォースクエアばかりではない。
フェイスブックの元社員が2010年1月に立ち上げたQuora(クオラ)は知的な欲求に見事に応えてくれる。
クオラの画面
このユーザーになったのは、友人Mがクオラにヘッドハントされて入社したことがきっかけだった。「友情」からアカウントを持ち、すっかりはまってしまった。
クオラは、知的な疑問や、専門的な質問に対して、深い知識を持つユーザーが答えてくれるソーシャルメディア。使ってみると、驚くほどレスポンスが速い。しかも、ためになるとあって、読んでいるとあっという間に時間がたってしまう。
例えば、日本語を勉強している米国人の友人が「日本語の表記を平仮名や漢字ではなくローマ字にしたら、外国人の日本に対する理解を深め、日本企業の助けにもなるのではないか」という質問を発信した。
すると、すかさず米国の高等教育機関で教鞭をとる日本人が反応した。「そうすると、同音異義語などで混乱をきたす」と、詳しい回答を書き連ねていた。
チーズのことを聞けばチーズ職人が、楽器のことを聞けば楽器メーカーが、シリコンバレーの就職事情を聞けば、ITベンチャーの人事担当者が答えてくれる。
従来の検索エンジンに「猫はなぜ15時間も寝るのか?」などと、質問形式のキーワードを入れて調べていた時とは、回答のレベルが比べものにならない。極めて専門的で、しかも正確な返事が、あっという間に戻ってくる。
私は、ある予感がする。そして、かすかな興奮を覚える。
もしかしたら、調べものや調査をする時、検索エンジンではなくて、クオラが使われる時代が来るのではないか、と。
ごく最近まで、誰がグーグルやヤフーを脅かす存在が現れることを予想しただろうか。しかも、相手は検索エンジンではないのだ。
ちなみに、フォースクエアは昨年、ツイッターに投資したベンチャー・キャピタル(VC)、ユニオン・スクエア・ベンチャーズなどから2000万ドルを調達している。また、クオラもVCから1400万ドルの投資を受けた。嗅覚が鋭い投資家たちは、「第2のフェイスブック」の可能性を2社に感じたのではなかろうか。
日本にいる友人にこうした話をすると、みながこう聞く。
「米国人って、何でそんなにソーシャルメディアにはまるの?」
ふむ。私は少し考え込む。私だって日本に住み続けていたら、こんなソーシャルメディア漬けの生活はしなかっただろう。
「きっと、電話が発明された国だからじゃないかな」
そう、つながっていたいのだ。
母国を追われ、あるいは一攫千金を夢見てこの国にやってきた人々は、孤独の中で日々の生活を送った。だから、グラハム・ベルはこの国で電話を発明したのではないか。
誰かとつながっていたい。その欲求はどこまでも広がっていく。そして、フェイスブックツイッターを生み出した。それでも満たされない欲求によって、今後もあらゆるソーシャルメディアが誕生するだろう。
今でも世界中から移民を集める国、アメリカ。その中心であり、象徴である街、ニューヨーク——。狭い土地に摩天楼が建ち並び、様々な人種がせわしなく日々を送る。それでも、心の距離は遠い。その溝を埋めようと、人々は日夜、ソーシャルメディアにのめり込んでいく。