グリーンファッション

ニューヨークでファッションビジネスに携わるようになり、いつしかこの業界が抱える構造的な問題に違和感を覚えるようになった。

「トレンド」という概念。それは、企業の売り上げを上げるためのツールであり、業界の誰もがそれを追求し、つかみ取り、広めるために膨大な時間を費やす。もちろん他業界にもトレンドは存在するが、ファッション業界ほど顕著な例はない。半年毎に生まれては消えていくトレンドに合わせ、世界中で莫大な量の服や小物が作られ、そして捨てられていく。

資源は限りなく存在し、経済活動がもたらすものは繁栄であると考えられていた時代はそれでよかった。しかし、その時代はもう終わってしまった。猛威を振るうハリケーン、一夜にしてすべてを水面下に沈めてしまう集中豪雨、広大な湖すら干上がらせる旱ばつ、枯渇する石油、薬が効かない新種ウイルス、飢えに苦しむ子供たち。こうした環境・社会問題は、主に私たち人類による経済活動が生み出したものであり、今対策を取らなければ、私たちの子孫が安心して暮らせる環境を残すことはできない。

このような事実を知れば知るほど、ファッションビジネスが抱える問題の深刻さが浮き彫りになっていった。服や小物を生産するためには大量の水、エネルギー、化学薬品、労働力を必要とする。しかし、環境を汚染し、人手を掛けて生産されたところで、ファストファッションの台頭とともに着用される回数は減り、流行に乗り遅れたものは一度も着用されないまま廃棄処分となる。今私たちが着ている服の多くは、寒さから身を守るといった人間の基本的欲求としての衣服ではなく、楽しむためのファッションである。そのために環境を破壊してよいはずはない。人間のエゴのために環境を犠牲にするとどうなるかは、現在私たちが直面している問題を見れば一目瞭然である。

では、どうすればよいのか。トレンドを無視し、人間の生理的欲求を満たすための衣類だけを作るのか。将来、さらに環境問題が深刻化すれば、それに近い状況になる可能性はあるだろう。しかし人は急には変われない。そこに至るまでの段階的な対策、あるいはそうならないための対策が必要であろう。
つまり、環境への負荷が少ない資源や方法で生産・流通・消費することである。ただし、デザインを妥協するわけにはいかない。環境にやさしいからといって、ファッションの楽しみを知っている消費者の行動を変えることはできないのである。現在と同じレベルのデザイン性を維持し、かつ環境への負荷を削減したファッションでなくては普及しないだろう。もちろん、化学薬品を使用せずにこれまでと同じレベルの製品を作ることは難しい。しかしそれを実現させることが私たちに課せられた課題であり、これからの時代のファッションなのではないだろうか。

アメリカでは既に、普通の服と比較して何ら遜色のない、おしゃれだが環境に配慮したグリーンファッションが浸透しつつある。すべての人に行きわたるにはまだ時間がかかるだろうが、百貨店でもセレクトショップでもディスカウントストアでも、価格の高低を問わず手に入る段階に達している。環境先進国日本がこの分野に参入し、世界を牽引することは不可能ではないだろう。

長いファッションの歴史の中で、私たちは今変革の時代に生きている。これまでのファッションの概念を覆し、すべてのファッションが環境に配慮したものになれば、世界は変わるはずである。その一端を、技術力に長けた日本のファッション業界が担うべきなのではないだろうか。

そんな思いを抱くようになり、一介のコンサルタント兼ライターである私に何ができるのかを考えた。アメリカのグリーンファッション・ムーブメントとその手法、消費者一人ひとりの意識の高さ、本気で社会を変えようと真摯に生き抜く人々の姿、それらを日本の人々に伝えること。それが日本人である私がアメリカにいる意義であり、私に課された任務なのではないかと考え、本書を執筆するに至った。

執筆の機会を与えてくださった繊研新聞社の井出重之氏、良い本を作ろうと真摯に取り組んでくださった編集者の稲富能恵氏には、心から感謝の意を表したい。

本書を手にしてくださった方々が、ファッションをはじめ、現在世界が直面している数々の問題に向き合い、考え、行動を起こしてくださることを願ってやまない。